タンポンとファーストキス

純愛・青春

最近テレビでマツコデラックスとかいう女装したデブ中年をやたらと見るが、お陰で中学の頃の話をひとつ思い出した。

ごく普通の公立中学、生徒は2つの小学校の卒業生で構成されていて、その比率は半々ぐらいだったかな?
俺はいつも小学校からの友だち3人組でつるんでふざけていて、いつからかそんな三馬鹿に割って入ってくる女子が1人いた。
それが俺たちとは違うほうの小学校出身の『マツコ』だった。

確か漢字で書くと『真津子』だったと思う。
ショートカットでチビなのに、なぜか全体的にはコケティッシュな雰囲気を持った、基本的には可愛らしい顔立ちの娘だった。
口を開くと見える上の歯の全部が隙っ歯なのが唯一残念なところ。
マツコは極度のゲラで、ちょっとしたことですぐに笑い転げた。
それを面白がって、俺たちはいつも彼女を笑わせた。

俺たちが必死になってマツコを笑い転げさせるのには訳があった。

「ちょ、おしっこ漏れる、おしっこ漏れる・・・」

そう言ってマツコはいつもしゃがみ込んだ。
その時に必ずと言っていいぐらいの確率でパンツが見えるのだ。
それも、例えば直立している女子にスカート捲りを仕掛けた時に見える、せいぜい縦筋に布地が沿っていたみたいなレベルではなく、恥丘の割れ始めから局部にかけてが、たいして厚くもない綿一枚に密着した先にくっきりと浮かび上がって、時には彼女の言葉通りなのか少し濡れていたり、微かに黄ばんでいるように見えることもあって、少なくとも俺自身はギンギンに勃起してしまうことも多かった。

生理用ナプキンを装着しているタイミングにも幾度か遭遇した。
マツコは外見的には胸が大きいというキーワードには決してかからないこともあり、それがかえって(アイツ、ああ見えて、もう子どもを産める大人の女なんだな)との生々しい実感が迫って、家に帰るまでの辛抱ができずにトイレの個室で射精してしまうこともあった。

ある時、内腿に沿うように白い糸が見えたことがあって、「あれはタンポンの紐では?」という議論になった。
今だって俺の知識はたいして変わっていないのだが、タンポンというのは膣内に挿入して使うもので、つまりはそれなりに性体験を重ねた大人の女性が使うものだという思い込みがあって、結局議論は結論を見ず、ただただエロポイントが加算されただけだった。

今思い返すと、しゃがみ込んでパンツを晒すというマツコの行為自体が、幼くてバカな俺たちの下心を見抜いた上での芝居だったと思えてくる。
いや、確信する。
けれどもこれは俺1人の考えで、あとの2人にとっては羞恥心の乏しいバカ女でしかなかったことが後年明らかとなった。
ただ、リアルタイムにも彼らの言葉の端々にそれを匂わせるフシもあって、照れ隠しかなとも考えたが、後の展開においての俺の煮え切らない態度に繋がってくることになる。

梅雨の最中の林間合宿。
夜は森の斜面に建てられたロッジに7、8人ずつで泊まることになっていた。
三馬鹿トリオは、俺ではない1人だけが事前のくじ引きで別棟に割り当てられていた。
当然のことながら男女は別だった。
ロッジが点在するエリアの中央部にトイレとキャンプファイヤー場があったのかな。
キャンプファイヤー&お決まりのフォークダンスの余韻もあって、大半の生徒が就寝時刻の直前まで辺りでうだうだと過ごしていた。

俺が三馬鹿の1人とロッジに入ると、中にマツコともう1人の女子の姿があった。
入口で自分のロッジに帰るのであろう女子3人とすれ違ったばかりだったので、まだ残っていたことに少し驚いた。
皆たいてい上は半袖体操着、下はジャージという格好をしているのだが、稀に下がブルマーという女子がいて、その1人がすれ違った中にいたので俺は少し残念に思った。
彼女はパッツン髪だけが残念な、プロポーション抜群のバレー部員女子だった。

「こっちこっち」とマツコが手招きをしている。

俺は気付かないふりをして意味もなく中の男子の1人に声をかけたのだが、三馬鹿のもう1人がマツコに応じて奥へと進んだ。
火を見ると人は興奮するなんて言うけれど、皆、例に漏れずハイテンションで、中には何を考えてるのか上半身裸になって力こぶを見せている男もいる。

学年で統一されたエンジ色のジャージ、その脚を流して座るマツコの横顔が暖色系の電球に照らされて、いつになく可愛らしく、普段日常では体験することのない光の陰影が胸の膨らみをも強調して、それはもちろんパッツンバレー部女子には敵わないものの、俺は満足にマツコと目を合わせることができなかった。

「先公来たっ!」

その声とほぼ同時にダッシュした1人が部屋の明かりを消す。
あらかじめ教師の見回りへの対処が相談されていたのかもしれない。
とにもかくにも2人の女子を布団に押し込んではみたものの、盛り上がりを隠せない。
教師が明かりを点けると、すかさず男子の1人が・・・。

「先生、もうウエニシ寝てまーす。さっき『ママー』って寝言ってましたぁ」

作戦通りなのだろうか、あえて女子たちを隠した布団を指し示す。
ウエニシというのは男子なのにBカップの、つまりはポッチャリ男子だった。
場所は違えど、もう寝入っているのは嘘ではないようだった。
教師が事務的に語る注意事項に男子どもが皆低い声で「うぇ~い」と返事をする。
女子隠しの作戦は成功のようだった。
再び明かりが消える。

「ぷぅ~」

リアルにおならの音なのか、誰かがふざけて手首に唇を当てて出したダミー音なのか俺には判断できなかった。
皆が懸命に笑うのをこらえて必死に声を殺している様子が暗闇でも伝わってくる。
俺も例外ではなく、体の震えるを止めることはできなかった。

と、その時、俺の手を誰かが掴んで布団の中へと引き込んだ。

(髪に触れた?)

位置関係から、それがマツコに違いないことは容易に想像できた。
頬に触れる。
親指が唇に触れた。
次の展開は俺には予想できなかった。
マツコが、俺の親指を噛んだのだ。

「ぬ・・・ヌッハハハハハ・・・」

安っすい芝居じみた、例えるなら王様のようなその声、その台詞は紛れもなくマツコだった。

「・・・誰じゃあ屁をこいだのは?」

部屋中が爆笑の渦に包まれた。
笑っていなかったのは俺とウエニシだけに違いない。

(なにゆえ指を噛む?)

俺の頭の中はその謎で埋め尽くされた。
俺の指はマツコの口からは離されたものの、まだ手首は掴まれたままだった。
そしてまた誘導される。
俺は指先にまで力を張り巡らせて手のひらを宙に浮かせるべく努めた。
そこがマツコの胸の上であることは明白だったからだ。

(こんな瞬間に誰かが明かりを点けたらどうなる?)

俺は焦った。

(コイツ何を考えているんだ?)

そこかしこで雑談が始まって、三馬鹿の1人が俺を呼んだ。
何を話したかは全然覚えていないが、おそらくは相槌程度しか返せなかったに違いない。
時折個々の雑談が途切れるタイミングが一致することがあって、その無音状態が耐えがたかった。

(重力に任せていいんじゃないか?)

そういう考えも浮かぶ。
なぜか強引に腕を抜いてしまえという発想は出てこなかった。

結局、俺は重力と布団の重さと、微かなマツコの意思の力に負けた。
痺れた指先に、それでも確かな独特の弾力が伝わってくる。
体操着やブラジャー越しにではあったのだろうが、神経を集中させている分感触が増幅されていたのだろう。
過去、小学校の高学年頃に運動会の練習中、ハプニング的に女子の胸に頭で触れた以来の体験だった。
組み体操で、大柄な女子が男子グループに混ぜられていて、その子の小学生超級のノーブラ体操着の胸に頭突きを食らわすという失態だった。

ほんの数分後のことなのだろうが、マツコが身を起こしたことで俺は解放された。
手のひらは汗でびっしょりだった。

「そろそろ帰らなきゃ。かっちん(俺のこと)が懐中電灯持ってるから・・・」

マツコの言は俺への指名をも兼ねることになって、周囲に微妙な笑いを誘った。
それでも俺は無言のまま荷物を引き寄せ、そのタイミングで誰かが明かりを点けた。
懐中電灯は夜に魚釣りをする親父のもので小さな蛍光灯も付いているタイプだった。
外は想像以上に暗く、あわよくば女子2人に懐中電灯だけ持たせて帰らせようとする俺の目論見は崩れた。

暗いとはいえ、ものの数分もしないうちに女子たちのロッジの前に着いた。
一旦はロッジの中に引っ込んだマツコが帰る俺を追いかけてきて、「トイレに行きたい」と言う。
とうとう2人きりになった。
もうどうにでもなれと俺は意外に腹が据わってた。

マツコは早過ぎじゃないかというタイミングでトイレから出てきた。
ハンカチを咥えて手を洗いながら俺に妙な愛想笑いを投げかけてくる。
その時、誘蛾灯がバチッと音を立て、「キャッ」とマツコが首をすくめた。
ハンカチを咥える仕草にしろ首をすくめる仕草にしろ、男好きのするタイプと言ったら良いのか、『もう当時の俺って完璧に惚れてるだろ』と、今なら恥も外聞もなく言える。

トイレの周囲は街灯が充実していて、マツコが先になってロッジへ向かい始めた。
その足元少し先を俺が懐中電灯で照らす。
やがてだんだんと暗くなってきた。

「ねえ、さっきみたいに首から下げて照らしてよ」

振り向いたマツコ。
トイレに着くまでは蛍光灯のほうを点けて、それを俺が首から下げていたのだ。
そのほうが照らす範囲が広くなる。
蛍光灯に切り替えた途端、それ勢いつけすぎだろと思うほどの様相でマツコは戻ってきた。

(なんだかんだ言っても夜道は怖いんだな)

・・・なんて余裕をかましている俺にマツコはどんどん迫ってきて、ついにみぞおち辺りに懐中電灯を2人で挟む体勢で対峙するに至った。

(なんだなんだ???)

心中混乱する俺に向かって・・・。

「チューしよ!」

(え、え~~~)

蛍光灯は下を向いていて、思いのほか顔は暗くて表情は掴みづらい。
過去の自分の気持ちを正確に思い出すのは難しいが、女子に何もかも見透かされた感じで全てをリードされることに俺は不快感、というのは違うな、癪に障るといったら一番近いか。
とにかく、「チューしよか?」「うん」「じゃあ、いっせいのーでぇ」みたいな流れは受け入れがたかったに違いない。
なので俺は、ちょっと強引に顔を寄せて、とりあえずは唇を合わせてみた。
言葉は発していない。

(うわ、口開いてるし。これディープのパターンかい!)

俺より少し高めの体温が唇を押し開けてきた。

(舌!)

マツコの舌が俺の上の前歯の裏をなぞる。
頭がクラクラするけど、なんか負けてはいられないという意地。
俺の方から入れようとする舌にマツコは舌を絡めようとしている気配だった。
それをすり抜けて俺の方から舌でマツコの上の前歯の裏をなぞる。

(うわ、隙っ歯だ。ん、息どうしてる?顔の角度はこのままでいいのか?)

疑問・改善・惰性・失敗(歯が当たる、鼻がぶつかる)・・・、順不同の繰り返し。

それで力が入りすぎたのか、マツコが少しよろけた。
肩を抱いて引き寄せようとして初めて感じたマツコの微かな拒絶意思。
その瞬間に2人同時に離れて、「ふぅ~」と息をついた。
初心者にはこれが限界だったと今は分析できる。

「・・・ごめん、下手で」と俺。

「ううん」と首を振るマツコ。

帰路に戻ってからは完全に2人して無口だった。
自分のロッジに帰った俺を男どもは少し冷やかしたが、まったく相手にする気がなくて、これは優越感からではなく、とにかく余裕がなかった。
無造作に布団を被る。

(あ、この布団はさっきまでマツコがいた布団だ)

そう思うとなんだか体温が残ってるような気がして、またさっきのシーンが頭の中に甦った。
翌朝のマツコの態度はびっくりするほど普段通りだった。

林間の写真、俺はすべて伏目がちに写っているが、マツコはどれもちゃんとレンズを見据えた笑顔の写真だった。
集合写真を除いて、俺とマツコが1フレームに納まっている写真は1枚きりだった。
回ってきたアルバムのその写真にマツコは名前を書いていたが、それを確認しておきながら俺はパスした。
女々しいと、今考えても情けない。

夏休みを待ちかねたように三馬鹿&女子3人で遊園地に行った。
女子のうちの1人はもちろんマツコだった。
その他のことは何も覚えていない。
相変わらずあの夜のキスのことに関しては2人してノーリアクションで、いつの間にか夢か妄想の類かと思うようにもなった。