バレンタイン

2010/02/18 01:31┃登録者:えっちな名無しさん┃作者:名無しの作者

風雪は午後になるともう凪いで、それでもちらちらとまだ落ちかかる雪のひとひら、ひとひらの間から、微かに日の光が射すほどになった。
久しぶりの登校日がこの日とは、受験生にもささやかな温情というやつなのだろうか。
いや、単なる偶然に違いない。

チョコレートはこないだの日曜日に用意していた。
ずいぶん長いこと迷った末、チョコでもセーターでもマフラーでも、何にしろ手作りというのはやめておくことにした。
向こうが仕切りもしていないのに、いきなり全力でぶつかっていってはこっちが転けるのが目に見えている。
ましてやこの時期だ。
さりげなさが勝負であろう。
これが勝ち負けかどうかはともかくとして。
この田舎町で手に入る中では最高の、でもまあメリーさんのチョコレートに、ラッピングだけは気合いを入れてくすんだローズのリボンを淡いグリーンの包装にめぐらせた。
使い古しのリボンで何度も練習してから本番に臨んだものだ。
問題はチョコに付けるカードだ。
猫の形の白いカードに、さて何て書いたらいいんだろう。
勇気が出ない。
いっそカードなしでチョコだけ渡してしまおうか。
でもそんなのって卑怯じゃない?もらった方が困るんじゃない?手が震えて字が書けない。
書き出しだけで3枚も書き損じてしまった。
こんなことしてたら一生チョコなんかあげらんない。
もう卒業なんだから、これが最後なんだから、チョコくらい渡したいじゃない?ええい。
膝まで震えてきた。
ああもう、カードはなしだ、なしなし。

登校日の連絡事項も終わり、どうせ私大受験組はいないので、どの教室もまばらだった。
久々に顔を合わせた友人たちとの情報交換も終わり、「帰り、どうする?お茶してく?」という声がかかったが、既に頭はチョコレートでいっぱいだ。
首を横に振り、廊下に出て気配を窺う。
彼のクラスは隣の隣だ。
まだ人が出てきていないようだ。
一旦教室の前を通り過ぎ、トイレに寄るふりをして出てくるタイミングを計る。
まさかよそのクラスの中で声をかけるわけにもいくまい。

お。
出てきたでてきた。
ラッキー。
一人で帰るみたい。
目の前を通り過ぎ、階段を降り、昇降口に向かう彼を追いながら、足がもつれて階段から落ちそうになる。

階段を降りきって右に曲がり、廊下を抜けると昇降口だ。
彼が靴箱を開けている横顔がふいに目に飛び込んできて心臓が止まりそう。

黒の。
ゴム長。

雪国とはいえ黒のゴム長を履く高校生男子は今どき少ない。
しゃれっけのあるやつなら革のブーツ(但し防寒仕様)、体育会系ならスノトレが定番だ。
だからといって彼をダサいと言い切るつもりはないが、ふと我に返るには十分なインパクトがある。
長靴の、右足の後ろっかわに泥はねがついている。
う~ん。
リアル。
そういえば、と、夏の頃を思い出す。
夏には彼はバイクで通学していた。
彼がヘルメットを手に駐輪場まで歩き、鞄をバイクにくくりつけ、エンジンをかけてから、前髪をかき上げてヘルメットをかぶり、バイクにまたがって去る一連の動作を、毎日、廊下の窓から見ていた。
バイク雑誌を見て彼のと同じバイクを見つけたときは嬉しかった。
ヤマハのDTだった。
そっかー。
オフロード好きかー。
でも、考えてみればヘルメットはフルフェイスだったのだし、オフロードに乗りたくて乗ってたってわけでもなかったのかも知れない。
たぶん、通学路が国道からずいぶん引っ込んだ悪路なのだ。
ということは駅からも遠そうだ。
冬のこの時期はさぞ大変だろう。
そうか。
それでゴム長か。

いや、そんなことを考えてる間にチョコだ。
チョコを渡さなくては。
渡して、そうして、それから。

渡して、告白して、それから。

どうしたかったんだろう。

立ちつくす間に、彼は長靴を履き終え、身体を起こすと、青と黒の棒縞のマフラーをちょっと巻き直し、行ってしまった。

渡したかった。
伝えたかった。
でも伝わるはずがない。
三年間ずっと見つめ続けたその横顔が好き。
前髪をかき上げる仕草が好き。
テノールの、ちょっとハスキーなその声が好き。
あなたがあの先輩の方を見てたときも、ずっと、あなたが好き。
それで?それ以上いったい何を?

ゆっくりと、いろんな感情が形を取ってくる。
悔しさがここを先途とこみ上げてきたのは、家に帰り、コートを脱ごうとして、渡せなかったチョコレートをポケットから取り出した時だ。
どうして渡せなかったんだろう。
どうしてもっと早く声をかけられなかったんだろう。
どうして、三年もあったのにどうして、ちゃんと友だちになっておかなかったんだろう。
彼が好きで、でもそれは彼には関係がない。
それは全然リアルじゃない。

…今度、ひとを好きになったら、そのときは、全部好きになろう。
丸ごと手に入れよう。
絶対。

あの頃。
自分の欲求が何に向かっているかさえわかっていなかった、あの頃。

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